Back number(2002年4月)
[ Back number 一覧 ]

中国旅行記(その1)

April 23, 2002

photo
の予定だったのですが、帰国してから、また少し忙しかったので、なかなか書けませんでした。気が付くと、既に帰国してから2週間くらい過ぎてます。
 「ダメじゃん自分」とか思いながら、1ヶ月近く昔の記憶を辿ってみましょう。(笑)


第1日目(3月27日)

関西空港15:35発、CA922・北京行きの飛行機で上海に到着。
取り敢えず、市内へ行く路線バスを探します。
バス・ターミナルの地図で「人民広場」行きバスをチェック。
空港から少し外に出た場所にあるバス停を確認。
空港から出ると白タクらしき呼び込み数人が、中国語で話しかけながら付いてくるが、あくまで英語(「NO」しか言ってませんが)と日本語で対応。(と言うか無視
無事、白タクは振り切ったものの、空港を出てから200m〜300m位歩いてもバス停が無いんですけど。(汗)
15分程歩いて、ようやくバス停に到着。やっぱり中国は広し。

バスに乗ること1時間。ようやく目的地の「人民広場」着。真っ先にホテルへ。
重い荷物を持ちながら「地球の歩き方」の地図を頼りに歩き続けるが、なかなかホテルに着かない。
すぐそこだと思っていたのだが、結構遠い。
どうやら中国では、実際の距離と、地図から感じる距離感が随分と異なるみたいです。

ようやく、南京東路の歩行者天国に到着。
多くの百貨店が建ち並ぶ中、目的のホテルの看板を発見。
ビルの1階は、どう見ても百貨店の売り場です。
ホテルのフロントはビルの2階らしい。
フロントに到着すると、ツイン:400-457元の文字が。
日本からツイン:280元で予約を取っているのに???
予約のFAXを片手に、恐る恐る聞いてみると、280元の部屋の予約は問題なく取れているらしい。
中国のホテル事情、ちょっと分かりません。

少し部屋で休んだ後、早速、夕食を取るために外へ。
本場の中華を楽しみに、適当な庶民的レストランへ入ります。
適当にメニューを指差し注文した後で、隣人が隣のテーブルで中国人カップルが旨そうなものを食べているのを発見。
早速、店員に隣のテーブルを指差して、同じ物を注文。
でも、出された料理は明らかに隣のテーブルと違います
隣のテーブルには2皿あったので、間違えられたのだなと思ながら、あまり美味しくない魚料理を頬張る事に。
でも、店を出るときに、もう1度隣のテーブルを確認すると、2皿とも、私達が食べたものと違うのですけど。(怒)

夕食後は外灘方面へ向かい、夜景を楽しんだ後、本日の最後のイベントである、和平飯店(PEACE HOTEL)のジャズバーへ。
ここで有名な「OLD JAZZ BAND」を見ました。
この「OLD JAZZ BAND」、要するに 死にかけの 爺さん達のジャズバンドなのだが、サックス担当の爺さんとかは自分のパートが無い時、寝てるのか死んでるのか分からない位ピタリと目をつむったまま固まるのです。
まるで、そのまま逝っちゃいそうで、ある意味、スリリングな演奏を楽しむ事が出来ました。(笑)


第2日目(3月28日)

少し天気の悪い中、ぶらぶら歩きながら豫園の方角へ。
途中、観光地から外れた上海と、まるで日本のバブル期に乱立していた様な、ポストモダン建築の高層ビルを見上げながらの散策。

ところで昨晩から気付いていたのですが、上海、日本人観光客少ないです。
どう見ても日本人観光客らしき人物は大勢いるのですが、近づいてみると、大抵は甲高い中国語を話してます。(つまり、中国人観光客だらけ)
何処にでもいると思っていた、日本人 勘違い OLも、特にアジアに多く生息する日本人 なんちゃって バックパッカーにも、殆ど全く遭遇しません。
仮に日本人を見つけたとしても、かなりの高率で中国市場に進出中のサラリーマンだったりします(ユニクロですか?)。

さて、少し小雨が降り出した頃、目的地の豫園に到着。
早速、チケットを買って中へ。
庭と言うより、まるで金持ちの作った迷路の様な中国庭園で、方向感覚が奪われそうです。
GPSケータイ必要かも。

途中、のんびり座りながら庭を眺めていると、イギリス人の団体が登場。
一行は中国人ガイドの説明を聞いた後、突然バースデーケーキを取り出したかと思うと、まるで自分たちの家でホームパーティーをするかの様に、その場でバースデーパーティーを開始
私達がその場にいる事などお構いなしです。
何だか場違いな場所にいるような気分になって、何故か私達が退場
大英帝国ってこんな調子で、何処でも自分の家であるかの様に振る舞いながら、現地人が気付かないうちに植民地を増やしていったのだろうな。

さて、多くの陳列物の中に、植物の根から作った椅子を発見。
形がちょっとホラー入っています。
この椅子に座ったら、食虫植物みたいに食べられそうです
絶対、この椅子に座りたくない!

他にも龍の形の屋根があったり、穴だらけで有機的な形をした石が、盆栽のように飾ってあったり、この庭作った人、ちょっとイカれてます。
と言うか、何も考えずに、頭の中で思った事をそのまま作らせたんだろうな、って感じでした。

夜は京劇を見に、逸夫舞台へ。
中へ入るといきなりダフ屋に捕まりました
受付か、インフォメーションの前まで行っても付いてきます。
受付らしきお姉ちゃんは、チケットはダフ屋で買うものだと言わんばかりに、何故か一向に構ってくれそうもない態度。
ダフ屋も何故か、定価より安い値段でチケットを売ると言ってはばかりません。
中国ではダフ屋でチケットを買うものなのか?
しょうがないので、ダフ屋に言われるまま、チケットを買ってしまいました。(笑)

開演までの1時間、たった10元で現地人御用達の食堂で食事を済ませ、いざ劇場へ。
しかし、劇場でパンフレットを見てしばしフリーズ
この演目、京劇じゃないじゃん。
観光書に書いてあった事と、劇場の入り口で迎えてくれた、京劇のメイクをした巨大なお面に騙された!
と言うか私が京劇専門の劇場だと早合点していました。
(後で入り口近くのスケジュール表を確認すると、上海滞在中に京劇は上演されないみたい(涙))

でもチケットを買ってしまったので仕方がない。
京劇、改め現代中国劇を見る羽目に... 。

客席に座ると、有名な公演なのか、客席にテレビカメラが入っています。
でも、カメラさん、

「開演しているのに観客に向かって大光量のライトを焚かない!」

眩しくて舞台が見えません。(怒)
それに中国人観客、
「開演しているのに、うろうろ席を変わったり(全席、指定なのに)、何時までもザワザワと、うるさく話を続けない!」

肝心の舞台は、役者の演技や美術等、思っていたよりも以外と質が高く良い出来です。
しかし当たり前ですが全編中国語なので、あまりちゃんとしたストーリーは分からず、昼間の歩き疲れも手伝って襲い掛かる睡魔には勝てません。
それに中国人、少し静かになったと思っても、幕間は必ずベラベラ話します
そんな訳で2、3幕が終わった頃に、さっさと退席。
今晩はホテルでゆっくり寝ることにしました。


第3日目(3月29日)

昨日のリベンジの為、今日は絶対に雑技団を見ることに。
ホテルを出たら一番最初に、上海雑技団が行われているらしい上海商城へ。
取り敢えず上海商城の4Fにある、劇場のに到着。

しかし、劇場の前には名札を付けた、プレス関係らしき人物だらけ
なんか水着美女はニッコリしてるし、筋肉質なのに全く日焼けをしていない真っ白なターザンがジャグリングしています。
「一体、今日はここで何があるんだ?雑技団までお預けか?」
と思って劇場の入り口らしき所を見てみると、
「タヒチ会議」(英語で多分こう書いてあったと思うのですが、記憶がはっきり残っていません。間違ってたらごめんなさい。って間違っていても、誰も困らないよね。)と書かれた看板が... 。

がっかりして、上海商城の入り口でもう一度、観光書等を再確認。
(ちなみに観光書は「地球の歩き方」と「個人旅行」の2冊を使用。)
でも、どうした雑技団が見れるのか良いかよく分からない。
途方に暮れたまま、ふと目を上げると目の前に雑技団のチケット売り場らしき大きな垂れ幕が
正に、灯台下暗し。
と言うよりも、ビルの3、4階くらいの高さのある、こんなに大きな垂れ幕に気付かなかった自分にビックリ
ようやく今晩の雑技団チケットを無事ゲットしました。

さて、続いて昼食にと思ったのですが、チェックしていたレストランは閉店しているみたい。(涙)
ここまで食事に関してはハズレまくりです。
本場の中華を食い散らかす予定でしたが、小龍包も麺も、なんか油がギトギトしていて、いまいちな感じ。
昨日の夜、たった10元で食べた現地人の労働者の食事が一番良かったです。
しょうがないのでブラブラ歩きながら見つけた菓子パンと、台湾料理のチェーン店らしき所で簡単に昼食をすませました。

ところで社会主義国家、中国では風俗店のようなものは無く(あるのかもしれませんが、普通、見つけられないと思います。)、他のアジア国家のように、そういうものを目当てにやって来る日本人サラリーマンは少ないと思います。
しかし上海は、下着フェチにとってはたまらない都市です
地下鉄の駅や、百貨店の(下着売り場に限らず)吹き抜け部分にまで大きな下着広告が。
しかもそれだけでなく、落ち着いたフランス租界の雰囲気を色濃く残している復興中路の路上でさえ、堂々と洗濯物(もちろん下着も)が干してあったりするのです。
この国には、下着泥棒っていないのでしょうね。

さて、とうとう夜は夢にまで見た上海雑技団。(嘘、そんな大袈裟に言うほど、見てみたいとは思っていません。)
今まで、殆ど見なかった日本人も、この舞台には続々と集まってきます。

話は変わりますが、中国の一人っ子政策で、「小さな王様」が沢山いるのは有名です。
今回の旅行でも、多くの「小さな王様」を見ました。(と、言ってもワガママで生意気そうな子供達を沢山見ただけですが)
そして、そんな一人が雑技団の公演にも来ていたのです。
雑技団のメンバーが皿回しやアクロバット、トランプ投げ等、次々と高度な技を決めるたびに(と言うより四六時中)大声で、

「スゲーな、こいつら。」
「うっわ、何でこんな事出来るんや。」
「メチャ、メチャ、カッコええやん。」
「こいつら人間ちゃうな。」

うるさいって、この日本人のガキ!!!

こっちはお前の興奮した大声を聞きに来た訳じゃないから!(怒)
親も少しは注意しないのかね!

「シーッッ!!」
こういう時に白人って威厳ありますね。
突然、しびれを切らした白人の口から出た、言葉にならない声。
ようやく、ガキも凍りました

さて、公演が終わった後、食事をしようと調べていたレストランへ。
が、既にレストランの営業時間終了。(涙)
やっぱり今回の旅の食事はハズレまくりでした。
おかげで隣人とは気まずい雰囲気に。
今夜は空腹のままホテルへ戻る羽目に。

えっ?
肝心の上海雑技団の感想ですか?
まあ、こんなものだろうねって感じかな。(済みませんね、感動が薄くって)
それに、その時はそれどころでは無かったしね...


第4日目(3月30日)

朝からこんなに天気が良いのは、上海に来て初めて。
昨日までと景色が違って見えます。
ようやく、写真を撮ろうという意欲が
東台路で隣人がアンティークを物色している間、ひたすら洗濯物(下着)を撮影していました

途中、偶然、電車の切符売り場を発見。
明日の蘇州行きの切符をゲットする為、中国人だらけの売り場で列に並びます。
中国人お得意の横入りを無言のメッセージで阻止(出来たと思うけど...)。
でも、あと1人で私の番というところで、私の後ろで別々に並んでいたと思われた2、3人が、私の前の1人と一緒になって切符売りのおばちゃんに何か言い出しました。
お友達?それとも私、横入りされたの?

でも、彼等と切符売りのおばちゃんの話は噛み合ってないみたい。
おばちゃんが私の方を向きながら、冷たい口調で「はい、次、そこのあなた」みたいな事を言います。
中国語は全く分からないので、前もって書いておいた行き先と時間を書いたメモを見せました。
コンピュータの方を見た彼女は、ちょっと難しそうな顔をしてメモをよこせというゼスチャー。
メモを渡すと、私が書いた時間より1時間遅い時間を書いてこちらに見せてよこします。
「O.K.、O.K.。でも、おばちゃん、その無愛想な感じはどうにかならない?
そんな感じで無事に切符を購入。

続いて近くの「大世界」という遊園地(?)に入場。
上海の「浅草はなやしき」みたいな所です。

「大世界」ではゲームや乗り物よりも演芸や映画、コンサートが盛んに行われているようです。
ここで28日に見れなかった京劇を、今度こそ見ることに成功。
でも、役者は明らかに大根
脇役はただ、舞台の端の方に立っていれば良いという感じで、やる気が無いのバレバレだし。
それに京劇専門の舞台ではなく、戸や窓を開けっ放しにした小学校みたいな場所で、他の部屋では別の出し物も催されていたので、そっちの音が当たり前の様に大音響で入ってきます
今回もやっぱり途中退席することにしました。

少し他の部屋を見ながら、中庭のような野外ステージへ。
そこでは子供たちによる曲芸の披露が。
演目的には上海雑技団のレベルダウンした感じの曲芸を、小学生くらいの子供たちが演じてます。
上海雑技団が外人向けにショーアップしたものならば、こちらは地域のお爺ちゃん、お婆ちゃん向けの発表会みたいな感じ。
つまり、同じ事をしていても、演出が全然ダサダサです
何だか恵まれない子供たちの体を張った小銭稼ぎみたいで、泣けてきます。
だって街で見る何不自由なく育てられたような「小さな王様」と違って、虐げられながら技を教え込まれている感じがするんだもの。
多分、彼等は一人っ子政策で捨てられた2番目に産まれた子供とかではないでしょうか...(と、勝手に想像)。
上海雑技団に拾われるかどうかで、同じような事をしていても、人生大きく違うんだろうな... 。

と言う訳で、全体的にまるで学芸会の様な「大世界」でした。


つづく... 。
次回は中国旅行、蘇州、同里編です。
でも次にいつ更新できるか分かりません。今月中には書きたいところですが... 。(笑)

ただいま

April 8, 2002

戻りました。
 日本に帰ってきて、まとめて10日分くらいの新聞を一気に読んでみたのですが、留守中の国内外の情勢は、「楽しい」を通り越してちょっと鬱な気分になりそうですね。

 さて、そんな日本の政治ですが、昨日は京都府知事選挙でした。ずっと留守にしていたので候補者の顔も名前も良く分かりません。棄権しようかと思っていましたが、投票率が低くなりそうなので、取り敢えず投票に行く事にしました。(天の邪鬼な性格の為、投票率が高そうな選挙は行く気が無くなるのですが、逆の場合は燃えます。だって、自分の1票の重みも大きくなるじゃないですか。)
 そこで、投票時間の終わるぎりぎりの8時前に、投票所へ到着。そして、投票所に書いてある候補者の名前を改めて見てみると、名前の上は全て「無・新」。
 「あの〜、全員新人なのは良いとして、全員無所属なのはどういう事でしょう。」今に始まったことではありませんが、これでは、誰がどの党の公認か分からないじゃないですか。これは、私の頭の悪さを試してますね。

O.K. その挑戦、受けて立ちましょう。

えーっと、... ... ... ...

やっぱり分からないです。(笑)
しょうがない、ここは最初から決めていた通り、白票で(オイオイ)。
 あ、でも私、選挙で白票を投じるという行為はよくします。「白票なら選挙に行く必要はないじゃないか」と言われる方も多いと思いますが、せっかくの選挙権を無駄には出来ません。選挙に行かなければ、政治に関心の無い若者と同じですが、私の場合、「選ぶに値する人物 が分からない 無し」という主張ですから。と、言う訳で、私のこの主張に賛同される方は、次回の選挙から一緒に白票を投じませんか?

 さて、選挙結果は既に皆さんご存知だと思いますが、残念なのは投票率が50%に届かなかったことです。 せっかくもっと低いと思って燃えていたのに。

P.S.
次回からは数回に分けて上海旅行記の予定です。お楽しみに。

Contents

E-mail :